新着情報
犬の呼吸が苦しい(心原生肺水腫)
心原生肺水腫
【病態】
犬の心原生肺水腫は、心疾患によるうっ血性左心不全の進行により発症する、呼吸困難を起こす緊急性の高い疾患である。主に小型犬では粘液腫様変性性僧帽弁疾患(Myxomatous mitral valve disease:MMVD)、大型犬では拡張型心筋症(Dilated cardiomyopathy:DCM)が原因疾患であることが多い。これらの疾患は中~高齢で発症することが多いが、動脈管開在症などの先天性心疾患により若齢で心原生肺水腫を発症することもある。
これらの原因疾患では、心収縮力の低下や僧帽弁逆流により心臓の1回拍出量が減少しやすいが、多くの場合、心拍数を増加させることで心拍出量を維持しようとする。しかし、病態の進行や過剰飲水、輸液療法によって容量負荷が増大し、左心系に負荷がかかることで左房圧が上昇する。また、レニン‐アンジオテンシン‐アルドステロン系(RAAS)が活性化されることで、ナトリウム水分の貯留が促進され、血漿量が30%ほど増加し、さらに容量負荷を増大させる要因となる。結果として、肺静脈・肺毛細血管圧が上昇することで、血管外へと水分が漏出し、肺水腫を発症する。
一般的には、肺静脈・肺毛細血管圧が25mmHgを超えると肺水腫が発症するとされており、初期は間質性肺水腫の病態をとるが、進行すると肺胞にまで水分が漏出し、肺胞性肺水腫を引き起こす。間質性肺水腫では酸素化能の低下が起こるが、肺胞性肺水腫では肺胞内や気管支内などへの水分の漏出並びに呼吸筋疲労なども生じ、換気能(二酸化炭素の排出)も阻害されるため、より重篤な状態になることが多い。
【臨床症状】
呼吸数の増加(呼吸促拍)や努力呼吸と関連した呼吸姿勢の変化(頸部進展、肘を外転し胸郭を広げる、伏臥位や横臥位での呼吸状態の悪化など)、酸素化能の低下によるチアノーゼ、咳嗽が認められる。ピンク色の鼻汁や咳嗽時にピンク色の喀痰がみられる場合は、肺胞性肺水腫により気道内に漏出した水分を排出している可能性がある。
重度のMMVDや収縮力が大きく低下したDCMでは心拍出量の減少が著しくなり、心原生肺水腫とともに心原生ショックを発症することもある。このような症例では、意識レベルの低下や低血圧、四肢末端の冷感、可視粘膜の蒼白などがみられ、脳への酸素供給の減少や高炭酸ガス血症により呼吸中枢が抑制されるため、きわめて緊急性が高いと判断すべきである。
【検査】
緊急性の高い疾患であるため、検査と治療を並行して行う必要がある。既往歴や臨床症状、聴診でのコースクラックルや心雑音から、心原生肺水腫を含む肺疾患が疑われる場合、まずは酸素投与下でのバイタルサインの確認と超音波検査を実施する。
バイタルサインの確認をおこなうことで、動物の重症度判定が可能となる。うっ血性心不全では頻脈を呈していることが一般的であり、頻脈でない場合は心筋の酸素供給が減少し、心機能が障害されている可能性もしくはうっ血性心不全(心原生肺水腫)以外の病態である可能性がある。また、左房破裂により心タンポナーデを起こし循環不全を発症していることもある。
救急疾患では全身の精査を目的とした一般的な超音波検査ではなく、的をしぼった短時間の超音波検査であるポイントオブケア超音波検査(POCUS)が実施されることが多い。心原生肺水腫の標的臓器としては肺と心臓が挙げられる。
肺エコー検査により肺病変の有無を確認する。心原生肺水腫では、肺の間質に水分がある状態であり、肺エコー検査では胸膜面から高エコー源性の垂直なライン(Bライン)が認められる。広範囲の病変など進行した肺水腫の場合、Bラインが増加したMultiple B‐linesとして描出される。肺エコー検査での所見はあくまで肺の間質に水分がある状態であることを示すものである。非心原生肺水腫や各種肺炎でも同様な所見が得られることがあり、Bラインの検出が心原生肺水腫の診断とはならない。
肺エコー検査で認められた異常が心疾患に起因するかどうかの判断には心臓超音波検査が有用である。一般的には心臓超音波検査は横臥位に保定し行われるが、呼吸困難を呈している場合には、過度なストレスや興奮により病状が急変する可能性がある。そのため、緊急時の心臓超音波検査としてFocused cardiac ultrasound(FoCUS)検査が活用される。
FoCUS検査では、左房拡大の有無、左室収縮能、心タンポナーデの有無の評価が主な目的である。立位・伏臥位での測定値とうっ血性心不全との関連について報告されており、左心房大動脈比(LA/Ao)が2.0以上で左心不全との関連、左室内径短縮率(Fractional shortening:FS)が20%以下でDCMとの関連が示唆される。また、除外診断や併発疾患の精査を目的に胸水・腹水や心膜液の有無についても同時に確認する。肺エコー検査にて複数部位でBラインが検出されFoCUS検査にて左房・左室の拡大が認められる場合は、うっ血性心不全による心原生肺水腫が最も疑われる。
一方で、急性の腱索断裂により急激に左心系のうっ血が進行し、肺水腫が発症することがある。この場合、左心房の拡大を伴わないことがある。急性の発症であり、なおかつ僧帽弁の逸脱が認められる場合は、急性腱索断裂による心原生肺水腫を考慮する。
肺野全域の評価にはX線検査が有用である。心原生肺水腫では肺野の肺胞パターンや間質パターンが認められる。
重症度評価として、酸素を取り込む酸素化能と二酸化炭素を吐き出す換気能を評価する。
また、炎症性疾患の鑑別のため白血球数やCRP、循環不全の指標としての乳酸値、治療で利尿剤を用いることから腎パネルや電解質そ測定などもあわせて行う。
【治療】
心原生肺水腫は、心疾患によるうっ血と心拍出量の減少、肺水腫による呼吸不全が主病態である。そのため、うっ血性心不全と心拍出量の改善、呼吸困難からの離脱が治療目標となる。
- 酸素投与
心原生肺水腫の動物は呼吸不全により生命の危機に瀕しているため、安定化のために最優先に行うべきは酸素投与である。酸素投与は、フローバイ法、マスク法、酸素室など様々な方法がある。
- 循環管理
心原生肺水腫では循環動態に基づいて薬剤を選択していく。心原生肺水腫は基本的にWet-warm(うっ血性心不全あり+低灌流所見なし)もしくはWet-cold(うっ血性心不全あり+低灌流所見あり)にわけられる。呼吸困難に対し酸素投与を行いながら、循環動態を維持しつつ、うっ血性心不全と心拍出量の改善を試みる必要がある。また、本疾患は呼吸困難を呈するため薬剤の経口投与は避け、非経口での管理を主体に行う。薬物療法の目標は、うっ血性心不全を改善し、左房圧・肺静脈圧を低下させることである。
- 利尿剤
心原生肺水腫では利尿薬投与でうっ血性心不全に対する治療を行う。第1選択として用いられるのはループ利尿薬のフロセミド注射薬である。可能な限り静脈内投与を行っているが静脈内投与に時間がかかる場合は皮下投与にて初期対応を行ってもいい。
ショックを呈している症例では利尿薬投与のみ行っても利尿効果は乏しいため、強心薬や昇圧剤の投与を行い、循環動態の安定化を同時に試みる必要がある。
- 強心薬
心原生肺水腫の際近年多く用いられている薬剤としてピモベンダンである。ピモベンダンはホスホジエステラーゼⅢ阻害作用、心筋のカルシウム感受性増強作用による陽性変力作用、血管拡張作用を有し、心拍出量の増加に有用である。そのほかにカテコラミン類の持続点滴が挙げられる。ドブタミンが選択されることが多い。心原生ショックを呈している場合には、これらの強心薬や血管収縮薬の投与で循環動態を安定化すべきである。
- 血管拡張薬
後負荷を軽減し、心拍出量を増大させる目的で、血管拡張薬が用いられる。血管拡張薬としては、カルペリチドやニトロプルシドが挙げられる。これらの血管拡張薬を用いると血圧は低下するため、循環動態が安定しているWet-warmな症例で使用すべきである。また、使用後に低血圧となる可能性があるためモニタリングを必ず行う。血管拡張薬としてカルペリチドを用いることが多い。カルペリチドはヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド製剤であり、血管拡張作用のほかに利尿作用、RAASと交感神経系の抑制作用をもち、犬において左房圧を低下させることが知られている。
- 血管収縮薬
心原生ショックを呈している症例で、強心薬で循環動態の改善が乏しい場合にはノルアドレナリンなどの血管収縮薬の投与が検討される。
- 鎮静薬
呼吸困難に伴う不安症状や興奮は呼吸状態をさらに悪化させる危険性があり、鎮静薬が有用となる場合がある。ブトルファノールやアセプロマジンが挙げられる。
- 人工呼吸管理
重症例では気管挿管下で人工呼吸管理が必要となる場合もある。
